「トゥーティッキ 心の散歩道」 ~自分と出会う心理学あれこれ~

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なおこ心理相談室|トゥーティッキ 心の散歩道

モリのセラピスト性@モリのいる場所より

皆様、こんばんは。

札幌市近郊恵庭市の臨床心理士によるカウンセリングルーム「なおこ心理相談室」の足立直子です。

 

蒸し暑い日が続いておりますが、皆さま、夏バテは大丈夫でしょうか。
札幌よりも涼しいとはいえ、恵庭もムシムシしています。
明日からはまた涼しいようですね。
寒暖差がありそうです。
お身体お大事になさってくださいね。

 

さて、先日映画「モリのいる場所」を観てきました。
久々の映画館、背の低い私は専用クッションをセットして、万全で観覧しました(笑)
全体的に静かな映画でしたが、終わった後には心が和みました。
そしてこの心が和む感じがどこからくるのかを考えたところ、「モリのセラピスト性」に行きつきました。

 

まず「モリのいる場所」のあらすじをお伝えします。

 

((あらすじ))
30年間もの間、ほとんど家の外へ出ることなく庭の生命を見つめ描き続けたという熊谷守一=モリのエピソードをベースに、
晩年のある1日を、フィクションとしてユーモラスに描いていく。
昭和49年の東京・池袋。守一が暮らす家の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫が住み着いていた。
それら生き物たちは守一の描く絵のモデルであり、じっと庭の生命たちを眺めることが、30年以上にわたる守一の日課であった。
そして妻の秀子との2人で暮らす家には毎日のように来客が訪れる。
守一を撮影することに情熱を傾ける若い写真家、守一に看板を描いてもらいたい温泉旅館の主人、隣に暮らす佐伯さん夫婦、近所の人々、さらには得体の知れない男まで。老若男女が集う熊谷家の茶の間はその日も、いつものようににぎやかだった。

 

この映画の大部分が‘庭の様子’です。
ありんこが歩いていたり、小さな池には魚が泳いでいたり、かまきりがいたり…
それら生き物たちをじーーーっと観察するのが‘モリ’こと熊谷守一です。
草木が生い茂る庭に出て、生き物たちと呼吸を合わせて観察する。
そうすることで一日が更けていきます。
モリ曰く「この庭は私には広すぎる」とのことです。
凡人ではサッと見て終わる庭ですが、モリはその天性の感性で、色んなものを見つめるのです。

 

そんなモリの家には、来客がたくさんいます。
もちろん庭に忙しいモリは応対できないので、妻や娘が応対します。

 

この映画を観ていて、私が思ったのは、
「モリにはセラピスト性が備わっているのではないだろうか」
ということでした。

 

人は悩みにぶつかった時、生活に忙しい人よりも、
どこか日常性からは離れたゆったりした時間をもっている人に癒しを感じ、
そのような人と共にいることで成長していくのではないか、と思います。
不登校の子どもが、毎日囲碁をしているおじいさんと共にいることを好んだり、
庭造りにはげむおばあさんと共にいることで成長したり…。
ミヒャエル・エンデのモモはまさにセラピストであると思います。

 

モリは人の話を聞くことはどうも苦手そうです。
しかしその無限の時間を贅沢にゆったりと使うことには天才であると思います。
そんなモリだからこそ、モリの家にはお客さんがたくさん来るのではないか…
と考察しました。
写真家の見習いの青年は、虫さされをたくさん作りながら、観察することを学び、
マンション建設のため立ち退き要請に来た若い青年は、自身の息子の絵の才能について学び…
人びとの成長もうかがえます。

 

そういえば、昔、大阪の街で、ホームレスの老人が若者の悩み相談に応じている、とテレビで伝えられたことを思い出します。

 

皆様の周りにもセラピスト性にあふれた人がいるかもしれません。
悩んだ時、その様な人に出会えますように。

 

 

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